生前贈与の活用

生前贈与の意義

 タイでは2016年から相続税および贈与税の制度が導入されていますが、日本と比べて非課税枠が大きいため、相続税の課税対象となるような相続財産をタイ国内に保有されている方は少ないかと思います。

 とはいえ、相続税の課税対象となる規模の相続財産を保有されている方ももちろんいらっしゃるでしょう。それらの方は生前から相続対策が必須です。

 ただし、日本のような相続時精算課税制度や生前贈与に対する非課税特例措置(教育資金、結婚・子育て資金、住宅購入資金等を理由とした贈与に対する非課税措置)等はありませんが、相続開始前一定期間(現在は3年だが2024年1月から7年)における生前贈与の相続財産への加算制度もありませんので、贈与税の非課税枠や生命保険を活用していくことが必要になるでしょう。

 ここでは、相続税と贈与税の概略を確認した上で、どのような生前贈与が可能なのかを見ていきたいと思います。

相続税

 相続税は相続財産が1億バーツ以上ある場合、1億バーツを超える部分に対して課税されます。税率は相続人が直系尊属、直系卑属、配偶者の場合は5%それ以外の場合は10%となります。

 つまり、1億バーツまでは非課税となります。

 相続財産が1億バーツを超える場合、生前から相続対策が必要となります。

 相続税の詳細はコラム「相続税」をご確認ください。

贈与税

 贈与税は、動産の場合は直系尊属、直系卑属、配偶者からの贈与は暦年において2,000万バーツを超える部分、それ以外からの贈与は1,000万バーツを超える部分に対して5%が課税されます。

 つまり、直系尊属、直系卑属、配偶者からの贈与は1年に2,000万バーツまで非課税となります。

 一方、不動産の場合は父母から嫡出子(養子を除く)への譲渡に限り、暦年において2,000万バーツを超える部分に5%が課税されます。

 つまり、1年に2,000万バーツまで非課税となります。

 贈与税の詳細はコラム「贈与税」をご確認ください。

生前贈与の活用事例

 それでは、生前贈与と相続を組み合わせる場合、どのような組み合わせがあるでしょうか。わかりやすくするため、内容を簡略化した形で説明します。ご了承ください。

相続財産=2億バーツ
被相続人=母(配偶者と両親は死亡)
法定相続人=娘1人

全額を相続

 相続税の非課税枠は1億バーツとなりますので、残り1億バーツが課税対象となります。
 このケースでは、被相続人から直系卑属への相続となりますので相続税率は5%となり、相続税額は1億バーツ × 5%=500万バーツとなります。

では、生前贈与を絡ませた場合はどうなるでしょうか。

全額を生前贈与

 例えば、毎年2,000万バーツを10年に分けて贈与した場合、直系卑属への贈与は2,000万バーツまで非課税ですので毎年贈与税がかからず、2億バーツ全額を非課税で財産を娘に移すことができます。

半額を生前贈与

 例えば、毎年2,000万バーツを5年に分けて贈与し、残りの1億バーツは死後に相続させる場合も毎年贈与税はかからず、相続税も非課税となります。

生前贈与額相続額税額
全額を相続なし2億バーツ贈与税=0
相続税=500万バーツ
全額を生前贈与2,000万バーツを10年にわけて贈与
(合計2億バーツ)
なし贈与税=0
相続税=0
半額を生前贈与2,000万バーツを5年にわけて贈与
(合計1億バーツ)
1億バーツ贈与税=0
相続税=0

 つまり、生前贈与を組み合わせることで相続税をゼロにすることが可能です。

遺留分侵害額請求権はあるか?

 遺留分侵害額請求権とは日本の民法の規定で、法定相続人(兄弟姉妹を除く)に認められた最低限の補償割合である遺留分が贈与や遺言により侵害された場合、侵害された遺留分の相当額を侵害した相続人に対して請求できる権利です。直系尊属のみが法定相続人の場合は3分の1、それ以外のケースでは2分の1が遺留分となります。

 しかし、タイには遺留分侵害額請求権という制度がありません。このため、生前贈与によって法定相続人の権利が侵害されたとしても侵害額を補償する制度がありませんので、生存贈与によって被相続人の意思を反映させやすいと言えるでしょう。

第1747条
 相続人のいずれかが被相続人の生存中に被相続人から財産またはその他の利益を無償で贈与された場合においても、その相続人の遺産分割の権利は侵害されない。

民商法

 贈与税の非課税枠の活用による生前贈与を被相続人の意思を反映させた財産承継の方法のひとつとして検討してみてはいかがでしょうか。ただし、特定の相続人のみへの生前贈与はのちに相続人間の争いに発展する可能性がありますので、慎重に行う必要があります。